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1月13日(木) [矛盾について(その168)]

 この世にいることを否定することはできないとして、「自分のいのちを絶つ」ということはどう考えればいいのか。もう「この世にいる」のが嫌になったからさっさとお暇しようと思い、あの世に旅立つ人がいるという事実をどう捉えたらいいのか。
 あの世に旅立とうとする人は、あの世がどんなところかはっきりしないとしても、この世とは違うもうひとつ別の世界がどこかにあると思っているに違いありません。ということは、その人にとってあの世も実はこの世の内部にあるのです。
 ある人がユークリッド幾何学に見切りをつけて非ユークリッド幾何学に移ることができるのは、非ユークリッド幾何学がその人の内部にあるからです。もしその人の内部にはユークリッド幾何学しかないとしますと、どう踏ん張ってもユークリッド幾何学から外へ出ることはできません。
 前に宇宙の果てについて考えました。ここが果てだと思った途端に、その外はどうなっているのだろうと思いをはせます。かくして果てはどこまでも遠ざかり、それこそ果てしなく後退します。ぼくらは宇宙の内部にある限り、その外へ出ることはできないのです。
 同様に、この世の外にはあの世があると考えた途端に、それもこの世の内部に取り込まれ、ぼくらは依然としてこの世の内部にいるのです。そしてこの世の内部にいる限り、その外へ出ることはできません。
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