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矛盾について(その497) ブログトップ

12月13日(火) [矛盾について(その497)]

 高校教師時代のことです。
 赴任した学校がひどく荒れており、担任したひとりの生徒とかなり辛い関係になったことがあります。自暴自棄になっていたその生徒は、ちょっとした問題行動を自分がやったと認めることができなかったばかりに、どんどん自分を窮地に追い込むように行動をエスカレートさせ、担任のぼくはついに退学勧告をせざるをえなくなりました。
 それを恨みに思った彼は「シズメテヤル」という不気味なことばを残して学校を去っていきました。ぼくの心は鉛のように重かった。そして数ヵ月後、バイクにまたがった彼が突然学校にやってきました。ぼくはてっきり報復しに来たと思い、恐る恐る教室に出向きましたが、そこで彼の口から思いがけない言葉が出たのです。
 「先生ごめん、あれはぼくがやった」。
 あのとき「あれはぼくがやった」と認めてさえいれば、退学などということにはならなかったのに、そのひと言が言えなかった。そしてぼくとしても、それを言えない彼をどうしても許すことができなかった。そんなことに拘る自分を頑なと感じながら、でも、心が柔らかくならなかった。かくしてふたりの心は鉛のように重かったのです。ところが「先生ごめん」のひと言によって胸のつかえが一挙に氷解したのです。その日の晩酌がどれほど美味しかったことか。
 思わず口をついて出た「ごめんなさい」は、自分にも人にも救いをもたらしてくれるのです。

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