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矛盾について(その515) ブログトップ

12月31日(土) [矛盾について(その515)]

 いつか争いのない世界がやってくるという希望を捨てることはできないと言いましたが、しかし、どうしてそんな希望を持ち続けることができるでしょう。
 なにしろ相手は「確信しているもの以外のことを、吟味したり、迷ったりすると困る」のですし、「前言をひるがえしたり絶対にしない」のです。一体どうしたら「話せばわかる」などという希望を持てるのでしょう。
 どんな相手でも「話せばわかる」と思えるということは、その人がどんなに偏屈でも、どんなに意固地でも、その人として受け入れようとすることですが、どうしてそんなことができるか。
 また同じところに出てきたようです。
 どんな人もその人として受け入れようと思うことができるのは、こんな自分がこんな自分のまま受け入れられていると感じるからではないでしょうか。受け入れられているから受け入れることができるのではないでしょうか。

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