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1月16日(月) [矛盾について(その531)]

 生活と行動。
 「学生生活といえば、おそらく学校におって教授を受けて勉強するというようなことであろうと思うのであります。安保問題がでてきたからして、どこかへいって旗を振ろうということは、これは学生生活でないと私は思うのであります。これは行動であります。と申しましても、学生にあるまじき行動と、そういうつもりはないのであります。あれが学生らしい行動であるかもしれません。らしい行動であるか、らしからぬ行動であるかは別にしまして、少なくとも、生活ではないということだけは、いえるのでありましょう」。
 金子氏の政治意識が滲み出ていることばですが、それはともかくとして、ここには生活と行動の関係を考える手がかりがあります。まず生活というものがあって、その上に行動が乗っかっているという感じでしょうか。生活は行動が成り立つ条件。政治運動に血道を上げる息子に「おまえは学生の本分を忘れておる」と説教するのが世の親たちでしたが、この本分というのがつまり生活でしょう。社会人なら、ちゃんと仕事をして家庭をもつこと、これが本分であり生活です。その上に行動が成り立つ。
 生活は、それがしっかりしていなければ行動を支えることができないのに、一向に目立ちません。注目されるのは行動の方で、どうかすると生活は行動の足を引っ張る障害物のような扱いをされることがあります。生活は行動の土台となっている関係上、そんなふうにみなされてしまうところがあるのでしょう。

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