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3月6日(火) [矛盾について(その581)]

 できるだけ作品のよさを伝えたいと思いますと、紹介が長くなってしまいますが、ついに約束の日がやってきました。
 幸助は、五年の歳月は人を変えてしまうだろうから、お蝶はほんとうにやってくるだろうかと思いながら萬年橋で待ちますが、約束の刻限になってもお蝶の姿は一向に現われません。お蝶はと言いますと、「この日をあんなに待ちわびていたのに、行かないでいいのかい」と心配してくれる奉公仲間に、「あたしは会いにいく資格がない」と泣きぬれています。しかし、刻限はとうにすぎてしまったけれども、いまもわたしの来るのを待っていてくれるかもしれないと、ついに橋に向かうのです。
 こうして幸助と再会できたお蝶は、自分は金で身を売ってきた汚らわしい女であると打ち明け、「幸助さんのおかみさんになりたかったの」と言い残してひとり帰ってきてしまいます。翌朝、幸助はお蝶の家を訪ね、こう言うのです、「ひと晩、眠らないで考えたよ。そして俺は俺で、お蝶はお蝶だと思った。五年前と人間が変っちまったわけじゃない。そう思って、それを言いに来たんだ」と。お蝶は台所に姿を消したかと思うと、やがて忍び泣く声が聞こえ、それがふり絞るような号泣に変わっていく…。
 どうも作品の切なさを台なしにしてしまったようですが、ともあれここから定めについて考えてみましょう。定めを受け入れることこそが、それを真に乗り越えることであること、逆に言いますと、定めを乗り越えることは、それを真に受け入れることだと言えないだろうかと。

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