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3月7日(水) [矛盾について(その582)]

 定めを受け入れることがほんとうの意味でそれを乗り越えることであり、乗り越えることはほんとうの意味で受け入れることではないかということ。
 幸助とお蝶にとっての定めとは、二人は強い縁で結ばれているのに、離れていた五年の間に、二人とも思いもかけない形で相手を裏切るようなことをしてしまったということです。そんなことをしたくなかったけれども、ものの弾みでそうなってしまった。
 その定めを受け入れようとせずに、どこまでも〈抗う〉場合はどうでしょう。それは、そんなふうになってしまった自分も相手も許さないということです。お互い相手を裏切るようなことをしてしまったのですから、もう二人は一緒になることはできないと思う。互いにゆるせないのですから、仮に一緒になったとしても、相手を責めあって、うまくいくとは思えません。
 一方、定めに〈屈する〉場合はどうでしょう。もうこんなふうになってしまった以上、自堕落な生活を続けるしかないということになるでしょう。二人が一緒になって新しくやり直すなどは思いもよりません。
 さて定めを〈受け入れる〉というのは、それに〈抗う〉のでないのはもちろん、〈屈する〉のでもありません。それは「ひと晩、眠らないで考えたよ。そして俺は俺で、お蝶はお蝶だと思った。五年前と人間が変っちまったわけじゃない」と思うことです。いろいろあったけど、それを全部飲み込んで、二人の新しい生活をつくっていこう、ということです。
 こんなふうに定めを受け入れることが、ほんとうの意味でそれを乗り越えていくことです。定めを乗り越えるためには、それをほんとうの意味で受け入れることが必要なのです。

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