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他力思想の真髄 [『末燈鈔』を読む(その53)]

(2)他力思想の真髄

 非常に有名な文章で、親鸞の他力思想の真髄がここに示されていると言ってもいいのではないでしょうか。
 第5通と言いましたが、これは手紙文ではなく、編者・従覚の言う「御己証(ごこしょう、親鸞が自分の考えを述べたもの)」にあたります。まずこの文章が書かれた経緯を見ておきましょう。この文章は三種類残されていまして、この『末燈鈔』の他に、高田専修寺に伝えられるもの(顕智本と呼ばれます)、そして『正像末和讃』の末尾に載せられたものがあります。
 顕智本の奥書にこう書いてあります。
 「正嘉二歳戊午(ぼご)十二月日 善法坊僧都御坊 三条とみのこうち(富小路)の御坊にて 聖人にあいまいらせてのききかき そのとき顕智これをかくなり」
 善法坊とは親鸞の弟・尋有(じんう)のことで、晩年の親鸞は五条西洞院を焼け出され、三条富小路にある弟の寺に身を寄せていたことは前に述べました(2章-2)。そこへ顕智たちが訪ねてきて、親鸞から聞いたことを書き留めたものであることが分かります。顕智と言いますのは、高田門徒の中心である真仏の弟子で、親鸞の臨終に立ち会ったことでも知られる人物です(今日の高田専修寺は三重県の津市にありますが、もとは下野の高田です)。
 こうしたことから考えますと、これは、顕智たちが京の親鸞を訪ねていくつかの質問をしたとき、親鸞が答えたものを顕智が書きとめた文章で、その中心が自然法爾についてであったと思われます。またこの文章が『正像末和讃』の末尾に加えられたことを考えましても(どういう事情によるのかは分かりませんが)、これが親鸞の他力思想を味わい深く伝えてくれるものであることは間違いありません。
 では本文に入っていきましょう。


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