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第6通第1段本文 [親鸞の手紙を読む(その52)]

         第5回 かまへて学生沙汰せさせたまひ候はで

(1)第6通第1段本文

 『末燈鈔』の第6通に進みます。2段に分け、まずその第1段。

 なによりも、去年(こぞ)・今年、老少男女おほくのひとびとの、死にあひて候ふらんこそ、あはれに候へ。ただし生死無常のことわり、くはしく如来の説きおかせおはしまして候ふうへは、おどろきおぼしめすべからず候ふ。まづ善信が身には、臨終の善悪を申さず、信心決定のひとは、疑なければ正定聚に住することにて候ふなり。さればこそ愚痴無智の人も、をはりもめでたく候へ。如来の御はからひにて往生するよし、ひとびとに申され候ひける、すこしもたがはず候ふなり。としごろ、おのおのに申し候ひしこと、たがはずこそ候へ。

 (現代語訳) なによりも、昨年から今年にかけて、老若男女多くの人が亡くなられましたことは、哀れなことです。ただ、生死無常のことわりは釈迦如来が詳しく説いておいてくださいましたことですから、いまさら驚くべきことではありません。まずわたし善信(親鸞)としましては、臨終の善し悪しにかかわりなく、信心が定まっている人は本願を疑う心がありませんから、必ず仏になれる正定聚の位についているのです。だからこそ、愚かで智慧のない人も終りの時をめでたく迎えることができます。往生できるのは如来のおはからいによると人々に言われているのは、それで少しも間違いではありません。これまであなた方に申してきましたことと何も違ってはおりません。

 この手紙には末尾に文応元年(1260年)十一月十三日の日付があり、善信(ここでは親鸞ではなく、善信と名のっています)八十八歳と書かれています。親鸞最晩年の手紙です。そして乗信御房に宛てられており、おそらくは従覚(『末燈鈔』の編者、覚如の子)の手になる奥書に、「この御消息の正本は、坂東下野国おほうち(大内)の荘高田にこれあるなりと云々」と記されています。乗信房とは親鸞門弟の名簿に「常陸の国、奥郡(おうぐん、常陸北部の諸郡)に在住」と記されている人物でしょう。

タグ:親鸞を読む
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