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聖徳太子の文 [親鸞の手紙を読む(その116)]

(3)聖徳太子の文

 恵信尼が語っていることでよく分からないのが「九十五日のあか月、聖徳太子の文を結びて、示現にあづからせたまひて候ひければ」の部分です。九十五日目の明け方に親鸞の夢のなかに聖徳太子が姿をあらわしたのであろうと思いますが、ただ「聖徳太子の文を結びて」がよく分からない。聖徳太子が何らかの「文」を「結びて」夢のなかに現れたということでしょうが、これはいったいどういうことか。
 この手紙の追伸部分(書き出しの前の余白部分に書き加えられています)に、「この文ぞ(文書)、…九十五日のあか月の御示現の文なり。御覧候へとて、書きしるしてまゐらせ候ふ」とあり、手紙とは別に「聖徳太子の文」を記したものがあったと思われますが、それに当たるものが残っていません。そこで、その文とは何かが問題となるのですが、「行者宿報の偈」がそれではないかと考えるのが一般的です。「行者、宿報にてたとひ女犯(にょぼん)すとも、われ玉女(ぎょくにょ)の身をなりて犯せられん。一生のあひだ、よく荘厳して、臨終に引導して極楽に生ぜしめん」というものです。
 親鸞のひ孫、覚如の著した『御伝鈔』(親鸞の伝記です)の第三段に「六角堂の救世菩薩、顔容端厳(げんようたんごん)の聖僧の形を示現して、白衲(びゃくのう)の袈裟を着服せしめ、広大の白蓮華に端坐して、善信(親鸞)に告命(ごうみょう)してのたまはく」とあり、上の「行者宿報の偈」が続くのです。ただ『御伝鈔』はこの出来事を建仁三年(1203年、親鸞31歳)としており、恵信尼の手紙と食い違うのですが、これはおそらく覚如の勘違いだろうと考えられています。恵信尼の手紙では「聖徳太子の文を結びて」とあるのに、『御伝鈔』では救世菩薩つまり観音菩薩が告命したとなっていますが、これは一般に聖徳太子は救世観音の化身とされることから納得できます。
 以上のように考えてきますと、六角堂参籠の九十五日目の明け方に親鸞の夢のなかに聖徳太子が姿をあらわし、この不思議な偈を告命したと理解してよさそうです。

タグ:親鸞を読む
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