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『教行信証』精読2(その129) ブログトップ

本文2 [『教行信証』精読2(その129)]

(3)本文2

 念仏と諸善とが、その教えとそれを受ける機とのそれぞれについて比較されます。まずは教えについて。

 しかるに教について、念仏諸善比校(ひきょう)対論するに、難易対、頓漸対、横竪(おうじゅ)対、超渉(ちょうしょう)対、順逆対、大小対、多少対、勝劣対、親疎対、近遠(ごんおん)対、深浅対、強弱対、重軽対、広狭対、純雑(じゅんぞう)対、径迂(きょうう)対、捷遅(しょうち)対、通別対、不退退対、直弁因明(じきべんいんみょう)対、名号定散対、理尽非理尽対、勧無勧対、無間間対、断不断対、相続不続対、無上有上対、上上下下対、思不思議対、因行果徳対、自説他説対、回不回向対、護不護対、証不証対、讃不讃対、付属不属対、了不了教対、機堪不堪(きかんふかん)対、選不選対、真仮対、仏滅不滅対、法滅利不利対、自力他力対、有願無願対、摂不摂(しょうふしょう)対、入定聚不入対、報化対あり。この義かくのごとし。しかるに本願一乗海を案ずるに、円融満足極速無碍絶対不二の教なり。

 (現代語訳) 念仏の教えと諸善万行の教えとを対比してみますと、易に対するに難、頓に対するに漸、横(よこさまに)に対するに竪(たてさま)、超(とびこえる)に対するに渉(わたる)、順(仏願に順う)に対するに逆、大(大きい功徳)に対するに小、多(功徳が多い)に対するに少、勝(すぐれた行)に対するに劣、親(仏に親しい)に対するに疎、近(仏に近い)に対するに遠、深に対するに浅、強に対するに弱、重に対するに軽、広(広く救う)に対するに狭、純に対するに雑、径(近道)に対するに迂(迂回路)、捷(はやい)に対するに遅、別(特別)に対するに通(普通)、不退(不退転に至る)に対するに退(退転する)、直弁(直接に説かれた)に対するに因明(添えて説かれた)、名号に対するに定散、理尽(道理を尽くしている)に対するに非理尽、勧(諸仏が勧められる)に対するに無勧、無間(間断のない)に対するに間、不断(断絶しない)に対するに断、相続に対するに不続、無上(この上ない)に対するに有上、上上に対するに下下、不思議(思いも及ばない)に対するに思、果徳(仏の徳)に対するに因行(われらの行)、自説(仏が自ら説かれた)に対するに他説、不回向(われらが回向するのではない)に対するに回、護(仏に護られる)に対するに不護、証(諸仏から証明される)に対するに不証、讃(諸仏に讃嘆される)に対するに不讃、付属(後世に託された)に対するに不属、了(仏の真意が明らかに説かれた)に対するに不了教、機堪(どんな人にも堪えられる)に対するに不堪、選(選び抜かれた)に対するに不選、真に対するに仮(方便)、不滅(不滅の仏)に対するに仏滅、法滅利(法滅のときにも利がある)に対するに不利、他力に対するに自力、有願(本願の教え)に対するに無願、摂(摂取不捨)に対するに不摂、入定聚(正定聚となる)に対するに不入、報(報土に入る)に対するに化(化土に入る)となります。とは言うものの、本願の一乗海を考えてみますに、この教えにはあらゆる功徳が円かに具わり、何ものにも妨げられることなくすみやかに悟りに至れる絶対不二の教えです。

タグ:親鸞を読む
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