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善悪の凡夫人を憐愍せしむ [『教行信証』精読2(その208)]

(18)善悪の凡夫人を憐愍せしむ

 この文は自余の諸行と念仏を対比するものですが、もっと広く、自余の仏教と念仏の仏教を比較するものと受け取ることができます。自余の仏教がどれほど素晴らしいものであっても、そこに入れない人がいる限り、それは本物の仏教とは言えないということです。入らない人がいるのは如何ともしがたいですが、入ろうとしても入れない人がいる仏教は、それがどんなに優れたものであろうと、もうそれだけで仏教とは言えない、という断固とした宣言です。造像起塔の者、智慧高才の者、多聞多見の者、持戒持律の者に限って入門を許す仏教とはいったい何かという手厳しい反問です。そもそも仏とはどんないのちも分け隔てなく包みこむ大いなるいのちではありませんか。
 そうした仏教に対する法然のスタンスは「善悪の凡夫人を憐愍せしむ」(この「せしむ」という表現は「したまう」という尊敬の意味です)ということばに表されています。善人であろうが悪人であろうが、一様に凡夫人である、そんなみんなとともにわれもまた救われていこうというスタンスです。かくして「真宗の教証を片州に興す」という一句の意味も明らかになります。
 法然より前に源信が往生要集を著し、念仏の教えをあらゆる角度から説いているのに、どうして法然が念仏を興したと言えるのか。いや、源信よりさらに前に、天台宗第3代座主となる円仁が中国に渡り、五台山で法照流の念仏(五会念仏とよばれます)を学んで比叡山に持ち帰って以来、山の念仏は脈々と受け継がれてきたはずなのに、どうして法然が念仏を興したことになるのか。
 答えは明らかでしょう。法然は山を下りたからです。源信は念仏の教えを説き尽くしたとはいえ、山を下りて世の善悪の凡夫人にそれを広めようとはしませんでしたが、法然は山を下りた。山を下りるというのは、自分もまた善悪の凡夫人の一人であるということの意思表示です。自分も善悪の凡夫人の一人として、世の有象無象の凡夫人とともに救われていこうという意思表示です。

タグ:親鸞を読む
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