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『観無量寿経』精読(その4) ブログトップ

わが母はこれ賊なり [『観無量寿経』精読(その4)]

(4)わが母はこれ賊なり

 そして韋提希夫人。この人こそこの経典の主役と言ってもいいでしょう。ここでは身体に塗った酥蜜と瓔珞に忍ばせた蒲桃の漿で幽閉された夫のいのちを救おうと甲斐甲斐しく立ち動く姿が印象的です。
 さて次の段で韋提希の企図は露見し、事態は大きく展開することになります。

 時に阿闍世、守門のものに問はく、「父の王、いまになほ存在せりや」と。時に守門の人まうさく、「大王、国の大夫人、身に麨蜜を塗り、瓔珞に漿を盛れて、もつて王にたてまつる。沙門目連および富楼那、空より来りて王のために法を説く。禁制すべからず」と。時に阿闍世、この語を聞きをはりて、その母を怒りていはく、「わが母はこれ賊なり。賊と伴なればなり。沙門は悪人なり。幻惑の呪術をもつて、この悪王をして多日死せざらしむ」と。すなはち利剣を執りて、その母を害せんと欲す。時にひとりの臣あり。名を月光といふ。聡明(そうみょう)にして多智なり。および耆婆(ぎば)と王のために礼をなしてまうさく、「大王、臣聞く、毘陀論経(びだろんきょう、バラモン教の聖典・ヴェーダのこと)に説かく、劫初よりこのかたもろもろの悪王ありて、国位を貪るがゆゑにその父を殺害せること一万八千なりと。いまだかつて無道に母を害することあるを聞かず。王いまこの殺逆(せつぎゃく)の事をなさば、刹利種(せつりしゅ、クシャトリアのこと)を汚さん。臣聞くに忍びず。これ栴陀羅(せんだら、チャンダーラ、四姓から外れたアウトカーストとして差別された)なり。よろしくここに住すべからず」と。時にふたりの大臣、この語を説きをはりて、手をもつて剣を按(おさ)へて却行(きゃくぎょう、後ずさり)して退く。時に阿闍世、驚怖(きょうふ)し惶懼(おうく、おそれおののく)して耆婆に告げていはく、「なんぢわがためにせざるや」と。耆婆まうさく、「大王、つつしんで母を害することなかれ」と。王、この語を聞き、懺悔(さんげ)して救(たす)けんことを求む。すなはち剣を捨て、止まりて母を害せず。内官に勅語し深宮(じんぐ)に閉置して、また出(いだ)さしめず。

 ここでは月光・耆婆の二大臣が阿闍世の母殺害を死を賭して諫める場面が目の前に浮ぶように描写され、この経典を編纂した人(あるいは訳者である畺良耶舎)の筆力を感じさせます。短いことばで事の展開を鮮やかに浮かび上がらせる力は並々ならぬものがあります。

タグ:親鸞を読む
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