SSブログ
『観無量寿経』精読(その13) ブログトップ

なんぢいま、知れりやいなや [『観無量寿経』精読(その13)]

            第2回 此を去ること遠からず

(1)なんぢいま、知れりやいなや

 韋提希が諸仏の国土の中から阿弥陀仏の極楽浄土を選び、釈迦に「われに思惟(しゆい)を教へたまへ、われに正受(しょうじゅ)を教へたまへ」と願うところまで読みました。その次です。

 その時世尊、すなはち微笑(みしょう)したまふに、五色の光ありて仏の口より出づ。一々の光、頻婆娑羅(びんばしゃら、幽閉された大王)の頂を照らす。その時大王、幽閉にありといへども心眼(しんげん)障なく、はるかに世尊を見たてまつりて頭面をもつて礼(らい)をなし、自然に増進して阿那含(あなごん、不還と訳され、再び欲界に還ってこない位、小乗の修道位の第三)と成る。
 その時世尊、韋提希に告げたまはく、「なんぢいま、知れりやいなや。阿弥陀仏、此(ここ)を去ること遠からず。なんぢまさに繫念(けねん、心を一つの対象に集中する)して、あきらかにかの国の浄業成じたまへるひとを観ずべし。われいまなんぢがために広くもろもろの譬(たと)へを説き、また未来世の一切凡夫の、浄業を修せんと欲はんものをして西方極楽浄土に生ずることを得しめん。
 かの国に生ぜんと欲はんものは、まさに三福を修すべし。一つには父母(ぶも)に孝養(きょうよう)し、師長に奉事(ぶじ)し、慈心にして殺さず、十善業を修す。二つには三帰(仏・法・僧に帰依すること)を受持し、衆戒を具足し、威儀(規則にかなった正しい行い)を犯さず。三つには菩提心を発(おこ)し、深く因果を信じ、大乗(大乗の経典)を読誦して、行者を勧進(人に仏道を勧める)す。かくのごときの三事を名づけて浄業とす」と。仏、韋提希に告げたまはく、「なんぢいま、知れりやいなや。この三種の業は、過去・未来・現在、三世の諸仏の浄業の正因なり」と。

 釈迦の口から出た光が頻婆娑羅の頭頂を照らしたことが述べられたのち、釈迦がはじめて口を開きます。その第一声が「なんぢいま、知れりやいなや。阿弥陀仏、此を去ること遠からず」でした。「あなたは阿弥陀仏の浄土を選びましたが、知っているでしょうか、それはここから遠く隔たったところにあるのではありませんよ、すぐそこにあるのです」というのです。

タグ:親鸞を読む
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:学問
『観無量寿経』精読(その13) ブログトップ