第3回 救いは「むこうから」
(1) 本文1
『論註』の後、親鸞は道綽の『安楽集』から次の文を引きます。
『安楽集』にいはく、「しかるに二仏(弥陀と釈迦)の神力また斉等なるべし。ただし釈迦如来おのれが能を申べずして、ことさらにかの長ぜるを顕したまふことは、一切衆生をして斉しく帰せざることなからしめんと欲してなり。このゆゑに釈迦、処々に嘆帰(阿弥陀仏をほめ、帰依するように勧める)せしめたまへり。すべからくこの意を知るべしとなり。このゆゑに曇鸞法師の正意、西に帰するがゆゑに、『大経』に傍へて奉讃していはく(『讃阿弥陀仏偈』)、〈安楽の声聞・菩薩衆、人天、智慧ことごとく洞達せり。身相荘厳殊異なし。ただ他方に順ずるがゆゑに名を列ぬ。顔容端正にして比ぶべきなし。精微妙軀(不可思議ですぐれた身体)にして人天にあらず。虚無の身、無極の体なり。このゆゑに平等力(阿弥陀仏を讃えていう)を頂礼したてまつる〉」と。以上
道綽が曇鸞の『讃阿弥陀仏偈』から引いている一節は、先に第十一願の成就文として出された「かの仏国土は、清浄安穏にして微妙快楽なり。無為泥洹の道に次し。云々」をもとに詠われたものです。そのことからこの文がここで取り上げられていると思われますが、注目したいと思いますのは、ここで述べられている阿弥陀仏と釈迦仏の関係についてです。道綽は、この二仏は「神力また斉等」であるにもかかわらず、釈迦仏は「おのれが能を申べずして、ことさらにかの長ぜるを顕したまふ」のは、「一切衆生をして斉しく(安楽浄土に)帰せざることなからしめんと欲して」であると述べています。
親鸞が「正信偈」で「如来(釈迦如来)、世に興出したまふゆゑは、ただ弥陀の本願海を説かんとなり」と詠っているのも同じことです。ここに浄土教の特徴がありますが、それで納得して終わることなく、さらに問わなければなりません、なぜ釈迦は「おのれが能を申べず」に、「ただ弥陀の本願海を説く」のかと。ここには浄土教の本質に関わることが潜んでいます。