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3月22日(火) [矛盾について(その232)]

 「きみ」の霊魂が、ではなく、「きみ」が「あなた」となるのです。
 誰が「あなた」となるのか、あらかじめ分かっているわけではありません。ふと気がついたら誰かが「あなた」となっているのです。もしも「あなた」とは霊魂のことだとしますと、そして誰にも霊魂があるとしますと、すべての人が「あなた」となることができます。ぼくにも霊魂があるでしょうから、ぼくは誰彼の「あなた」となることができるでしょう。よし、それなら太郎の「あなた」となってやろうと思ったら、ぼくは首尾よく太郎の「あなた」となれるでしょうか。
 残念ながらそんなふうにはなっていません。
 「あなた」はキリストのように特別な人ではありません、どこにでもいる普通の人です。でも誰かがなろうとしてなれるものではありません。どういうわけか分かりませんが、ある日ある人が思いがけず「あなた」となるのです。ある日太郎が次郎の「あなた」となったとしましょう。太郎の何気ないひと言が「そのまま生きていていい」と聞こえ、次郎はその声に救われたのです。次郎にとってそれは思いもかけないことです。そしてそれは太郎にとっても同じです。そんなこと思いもしないのに、いつの間にか次郎の「あなた」となっていた。

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