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網の結び目 [「親鸞とともに」その109]

(3)網の結び目

一つの例を考えてみましょう。「わたし」には父と母がいて、弟と妹がいるとします。そして妻との間に息子と娘がいます。そうしますと、家族に限定しただけでも、「わたし」(網の結び目)を中心として父・母・弟・妹・妻・息子・娘との間に7つのつながり(網の糸)があるということになります。目を家族外に広げますと、父と母にもその兄弟姉妹(おじ、おば)がいますし、妻にも、その父母(義父母)、そして兄弟姉妹(義兄弟姉妹)がいて、つながりは薄くなるとはいえ、その人たちとの間にも糸ははられています。さらに職場の同僚、友人にまで広げていきますと、糸の数はどんどん膨れ上がっていきますが、そうした糸の結び目に「わたし」がいるということです。

そして「わたし」という結び目につながっている多くの人たちもまた、それぞれ一つの結び目としてそれぞれのつながりを形成しており、それをどんどん広げていきますと、ついには無限大の網の目になります。さて、「わたし」という結び目ははじめからあったわけではなく、あるときこの無限大の網のなかに生まれてきました。つまりこの無限大の網は固定的なものではなく、個々の結び目が新たに生まれては消え、また新たに生まれては消えというように、つねに流動をくり返しているわけです。では「わたし」という結び目はどのようにしてこの網のなかに生まれてきたのでしょう。言うまでもありません、父と母が出会い、結婚することによって「わたし」という新しい結び目が生まれ、「わたし」と父のつながり、「わたし」と母のつながりができたということです。

このように「わたしのいのち」は「ほとけのいのち」のなかに生まれてくるのです。そして「わたしのいのち」は「ほとけのいのち」のなかで、時間とともに次々と新しいつながり(「わたし」と弟、「わたし」と妹、「わたし」と妻、「わたし」と息子、「わたし」と娘など)を生み出していくことになります。


タグ:親鸞を読む
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