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偈文19 [正信偈と現代(その165)]

          第19回 善導-本願の大智海に開入す

(1)偈文19

 開入本願大智海(かいにゅうほんがんだいちかい)   本願の大智海に開入すれば、
 行者正受金剛心(ぎょうじゃしょうじゅこんごうしん) 行者、正(まさ)しく金剛心を受けしめ、
 慶喜一念相応後(きょうきいちねんそうおうご)   慶喜の一念相応して後、
 与韋提等獲三忍(よいだいとうぎゃくさんにん)   韋提と等しく三忍を獲、
 即証法性之常楽(そくしょうほっしょうしじょうらく) 即ち法性の常楽を証せしむ。

 (現代語訳) 善導大師はこう言われます、「本願の智慧の海が開け、そこに入ることができましたら、金剛のように堅い信心が授かり、また喜びがこころに湧き上がります。そして、韋提希夫人と同じく、喜忍・悟忍・信忍の三忍を得ることができ、必ずや浄土に往生することができるのです」と。

 先回の最後のところは、光明と名号が因と縁となるという話でしたが、ここではその因縁によって本願の大智海に開入するとき、どんなことが起るかが述べられます。まず「開入」という言い回しについて。
 開は「こちらから(扉などを)開く(ひらく)、開ける(あける)」という場合にも、「向こうから(扉などが)開く(ひらく、あく)」という場合にもつかいますが、いまは「自分があける」ではなく、「おのずからあく」ということでしょう。ですから「本願の大智海に開入すれば」とは、本願の海がおのずからあいて、気がついたらもうすでにそのなかにいたということです。それが金剛心(つまり信心)をえたということに他なりません。ここには本願を信じるとはどういうことかについて示唆するところが多く、立ち止まって熟慮しなければなりません。

タグ:親鸞を読む
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