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第6回、本文1 [「『証巻』を読む」その52]

第6回 還相の菩薩

(1)  第6回、本文1

あらためて『浄土論』の構成を見ておきますと、大きく、弥陀の浄土を讃嘆する「願生偈」とそれを解説する散文の「長行(じょうごう)」の二部に分かれます。そして「長行」において、浄土往生のための五つの行(五念門)として礼拝・讃嘆・作願・観察・回向が上げられ、それぞれが説明されていきます。その中心を占めるのが観察門で、それがさらに仏国土の荘厳(十七種)・仏の荘厳(八種)・菩薩の荘厳(四種)に分かれて説かれます(荘厳とは「うるわしさ」という意味です)。終わりに五念門のそれぞれに応じて五功徳門(五つの功徳)が説かれて閉じられます。先回の最後の文が仏荘厳の第八荘厳「不虚作住持功徳成就」で、曇鸞が『論註』でそれを詳しく注釈していたのでした。

それにつづくのが次の文です。

〈略して八句(仏の荘厳八種)を説きて、如来の自利利他の功徳荘厳、次第に成就したまへるを()(げん)したまへるなりと、知るべし(浄土論)と。これはいかんが次第なるとならば、(さき)の十七句は、これ荘厳国土の功徳成就なり。すでに国土の相を知んぬ、国土の主を知るべし。このゆゑに次に仏荘厳功徳を観ず。かの仏もし荘厳をなして、いづれの処にしてか坐すると。このゆゑにまづ座を観ずべし。すでに座を知んぬ、すでによろしく座主を知るべし。このゆゑに次に仏の身業を荘厳したまへるを観ず。すでに身業を知んぬ、いかなる声名(しょうみょう)(名号)かましますと知るべし。このゆゑに次に仏の口業を荘厳したまへるを観ず。すでに名聞(名号があらゆるところに聞こえること)を知んぬ、よろしく得名のゆゑを知るべし。このゆゑに次に仏の心業を荘厳したまへるを観ず。すでに三業(身口意の三業)具足したまへるを知んぬ、人天の大師となって化を受くるに()えたるひとは、これたれぞと知るべし。このゆゑに次に大衆(だいしゅ)の功徳を観ず。すでに大衆無量の功徳いますことを知んぬ、よろしく上首はたれぞと知るべし。このゆゑに次に上首を観ず。上首はこれ仏なり。すでに上首を知んぬ、おそらくは長幼に同じことを(上首と大衆がただ長幼の違いと思われるおそれがある)。このゆゑに次に主を観ず。すでにこの主を知んぬ、主いかなる増上(すぐれたはたらき)かましますと。このゆゑに次に荘厳不虚作住持を観ず。八句の次第成ぜるなり。


タグ:親鸞を読む
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