SSブログ
『ふりむけば他力』(その78) ブログトップ

どんな出来事にも原因がある [『ふりむけば他力』(その78)]

(2)どんな出来事にも原因がある

 この違いは学問の方法の違いに直結します。あらゆる観念が経験から由来するとしますと、われらはできるだけ多くの経験を積み、そこからさまざまな観念・知識を得てこなくてはなりません(経験から観念・知識を得る方法を帰納法といいます)。しかし理性に由来する観念もあるとしますと、経験にたよることなく理性の力で観念・知識を導き出すことができるということになります(理性により観念・知識を導き出す方法を演繹法といいます)。したがって経験論は学問の方法として帰納法を重視し、合理論は演繹法を重視することになります。
 さてヒュームは原因・結果という観念もまた理性に由来するのではなく、経験に源をもつものであることを明らかにしたのです。この結論は独断論のまどろみのなかにあったカントを目覚めさせ、批判哲学を生み出させる原動力となりました。
 われらは何かが起ったら、それには何らかの原因があると信じて疑いません。とりわけわれらにとって不都合なことが起ったときには、すぐさまそれをもたらした原因は何であるかの探索にとりかかります。たとえば最近頻発している異常気象によるさまざまな災害(異常高温や突風、水害など)。さて、この異常気象をもたらしている原因は何かとわれらの頭は考え始めます。もちろん目の前の災害にどう対処するかが最大の関心事ですが、しかし問題の根本的解決のためには、その原因を見つけだし、それを絶つことが不可欠だと考えます。元を絶たなければならないと思うのです。
 科学者たちは異常気象の原因が地球温暖化にあるとしますが、としますと、今度は地球温暖化をもたらしている原因は何かという問題が出てきます。そしてそれは温暖化ガス(とりわけCO2)の増加であると考えられ、何とかしてそれを食い止めることが必要であるという結論に至ります。さて、異常気象を引き起こしているのが地球温暖化であり、地球温暖化をもたらしているのが温暖化ガスの増加であるという知識が経験に由来していることは間違いないでしょう。学者たちが膨大な量の経験データを集め、そこから帰納してこの結論を得ていることは誰の目にも明らかで、どんなに極端な合理論者でもそれに異論を唱えることはありません。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:学問
『ふりむけば他力』(その78) ブログトップ