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教団の乗っ取り [「信巻を読む(2)」その125]

(2)教団の乗っ取り

これまでは阿闍世による父王殺害後のことでしたが、これからの話はそれが起こる前に遡り、どんな経緯で事件に至ったのかが語られます(前は『涅槃経』「梵行品」からの引用でしたが、いまは「迦葉品」からです)。そしてここで主役となるのが提婆達多です。釈迦の従兄弟で阿難の兄にあたり、釈迦に弟子入りしていましたが、のちに背き、500人の弟子を率いて伽耶山に住みます。そして釈迦教団の乗っ取りを図り、崖の上から岩を転がして釈迦を殺そうとするのですが、岩は途中で止まり、釈迦はその欠片で足に傷を負っただけでした(五逆罪の一つに「仏出身血」がありますが、それはこのことを指します)。そこで提婆達多は阿闍世に近づき、ともに力をあわせてマガダ国の聖俗の権力を握ろうと画策します。

つづきを読みましょう。

また(提婆達多は)この念をなさく、〈われいままさに如来の所(みもと)に往至して大衆を求索(ぐしゃく、もとめる)すべし。仏もし聴(ゆる)さば、われまさに意(こころ)に随ひて教えて、すなはち舎利弗(釈迦十大弟子の一人、智慧第一)等に詔勅すべし〉と。その時に、提婆達多、すなはちわが所に来りてかくのごときの言をなさく、〈やや、願はくは如来、この大衆をもつてわれに付嘱(ふぞく、まかせる)せよ。われまさに種々に法を説きて教化して、それをして調伏(じょうぶく、教え導いて信服させる)せしむべし〉と。われ痴人(ちにん、提婆達多のこと)にいはく、〈舎利弗等、大智を聴聞して(高麗版大蔵経では「聴聞」は「聡明」で、「聡明大智にして」となる)世に信伏するところなり。われなほ大衆をもつて付嘱せじ。いはんやなんぢ痴人、唾(つばき)を食らふものをや(そなたのような愚か者にどうしてまかすことだできようか)〉と。時に提婆達多、またわが所においてますます悪心を生じて、かくのごときの言をなさく、〈瞿曇(くどん、ガウタマの音訳、釈迦の姓)、なんぢいままた大衆を調伏すといへども、勢ひまた久からじ。まさに見るに磨滅すべし〉と。この語をなしをはるに、大地即時に六反(ろっぺん)震動す。提婆達多、すなはちの時に地にたおれて、その身の辺より大暴風を出して、もろもろの塵土を吹きてこれを汚坌(わふん、よごす)す。提婆達多、悪相を見をはりて(自分の見苦しい姿をみて)、またこの言をなさく、〈もしわれこの身、現世にかならず阿鼻地獄に入らば、わが悪まさにかくのごときの大悪を報ふべし(高麗版大蔵経では「悪」は「要」で、「われ要(かなら)ず、まさにかくのごときの大怨を報ふべし)」となる)〉と。


タグ:親鸞を読む
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