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「もうすでに心はつながっていた!」 [生きる意味(その58)]

(29)「もうすでに心はつながっていた!」
 それから何ヵ月か後、バイクにまたがって学校に現れた彼に、お礼参りに来たのかと気色ばみましたが、彼の口から出たのは「先生、ごめん、あれはぼくがやった」ということばでした。この一言が一挙に世界を変えました。これまでの寒々とした冬枯れの景色から、うららかな春の日の陽だまりへと。心がつながったと感じたのです。
 その日の晩酌は格別でした。
 この時何が起こったのでしょうか。心がつながったと言いましたが、そして実際そう感じたのですが、実はある気づきが起こったのです。「もうすでに心はつながっていたのだ」という気づきです。
 それまでは、心はもうすでにひとつにつながっているという事実に目が向いていませんでした。ぼくの心も彼の心も鋭い棘で覆われて互いに相手を突きあっていると感じていました。ところが、「先生、ごめん」の一言で、それが一挙に氷解したのです。
 そのことばが心の棘を氷解させたのではありません、心と心が棘で突きあっているという見方を氷解させたのです。心はもうとっくにひとつにつながっていると気づかせてくれたのです。
 それにしても、心がひとつにつながっているというのはどういうことでしょう。蒸し返すようですが、ぼくの心がきみの心とひとつだというのは、どう考えても奇怪です。文字通り心がひとつだとしますと、きみの心の中がすべてぼくに筒抜けになってしまいますが、これはいかにも困ったことと感じてしまいます。

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