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アンチノミー [『ふりむけば他力』(その69)]

(8)アンチノミー

 カントはいろいろな根拠を上げますが、何と言ってももっとも強力なものが「アンチノミー」でしょう(カント自身、『純粋理性批判』を出したあとで、アンチノミーをもっと前面に出していれば自分の考えが受け入れられやすかったのではないかと言っています)。アンチノミーは二律背反と訳されますが、二つの相矛盾する言明が同等の確かさをもって主張され、どうにも決着がつかない事態を言います。カントは、そんな事態がどうして起るかを考えることで、われらは空間や時間の眼鏡越しに世界を見ており、世界そのものを知ることはできないことが了解できると言うのです。カントが上げるのは以下の四つのアンチノミーです。
 命題1:世界は、時間と空間からみて、始め(限界)をもつ。反対命題:世界は、時間と空間からみて、無限である。
 命題2:世界におけるすべてのものは、単純なもの(もうそれ以上分割できないもの)から成り立っている。反対命題:単純なものはなく、すべては合成されている。
 命題3:世界には、自由による原因がある。反対命題:いかなる自由もなく、すべてのものは自然である。
 命題4:世界原因の系列において、何か或る必然的存在(神のこと)がある。反対命題:この系列において、何ものも必然的ではなく、すべてのものは偶然的である。
 われらにいちばん馴染のあるのが第一のアンチノミーでしょう。小さかった頃、夜空を見上げては「この宇宙には果てがあるのだろうか、果てがあるとすればその外側はどうなっているのだろう」と思ったものです。新聞に載っていた話ですが、ある宇宙物理学者の幼い息子が「父さん、宇宙には果てがあるの」と質問したそうです。ところが父は「それは分からないのだよ」としか答えてくれず、はぐらかされたと感じた息子はこっそり父の講演会に潜り込み、その最前列から手を挙げて質問します、「宇宙には果てがあるのでしょうか」と。この謎を解かずばなるものかというわが子の気迫に父はどう答えたのか気になるところですが、とにかく「果てがある」と答えれば、かならず「いや、果てはない」という反証があり、「果てはない」と答えれば、これまた「いや、果てはある」と反証されるという具合で、この応酬はそれこそ果てしなくつづきます。

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